INICIAR SESIÓN日下先輩と由香里ちゃんが、必死に瀬戸先輩を制止してくれている後ろで、私は暗がりで体を丸めていた。
瀬戸先輩とはちゃんと向き合いたいけど、急展開過ぎて頭がついていけない。だって、お互いが知らない状態で出会って3日、それから幼稚園の頃を思い出した翌日にこの騒ぎなんだもの。
おまけにあの二面性。
混乱するなという方が無理。
由香里ちゃんがいてくれて、ほんとによかった。
そんなことを考えている間にも、背後では押し問答が続いている。
「どけっつってんだろ。俺は凜ちゃんに用があるんだよ」
瀬戸先輩のよく通る声が、私の元にも届く。それだけで心臓が痛いくらいに鳴っていた。嫌でもさっきのキスが思い出されて、身体が熱くなってしまう。
「ですから! 凜くんに少し時間を上げてくださいてば! 混乱してるんですよ、瀬戸先輩の行動が急すぎて、オーバーヒートしてるんです。今会っても、まともに話なんてできませんて!」
由香里ちゃんの必死な声に、日下先輩も続く。
「そうだよ、お前もそれは分かってるんだろ? さっきの新堂さん、びっくりしてたじゃんか。お前、ちゃんと告白とか、付き合おうとか言ったの?」
その言葉に、瀬戸先輩の声が重なった。
「当たり前だろ。思い出したことも伝えたし、凜ちゃんだって俺が好きだって言ったんだぞ。
言ってない!
確かにそういう雰囲気にはなったけども!
口にはしなかったものの、私の気持ちは筒抜けなのだろう。
瀬戸先輩のなかでは既に相思相愛になっているっぽい。
それが嫌じゃないから余計に質が悪いったら。
素直に言えれば、可愛いのかもしれない。でも今更過ぎて、どうすればいいかさえ分からなかった。
長年培ってきた『王子様』は、なんの役にも立たず、ただ友達の背中に隠れているだけなんて、正直情けないと思う。
思わず溜息が零れると、何やら背後の様子がおかしくなってきた。
「お前、凜ちゃんの友達面してっけど、こないだ揉めてた奴だろ? でしゃばんじゃねーよ」
<「私がいつアンタのカノジョになったのよ!?」 由香里ちゃんが食ってかかると、日下先輩は声音をコロッと変えて甘く囁く。「えー? 俺は本気だよ? ちっちゃくて、華奢で……なのに柔らかそうで……可愛い」 聞いているこっちが恥ずかしくなるようなセリフに、由香里ちゃんは悲鳴を上げた。「ぎゃーーーーっ! キモっ! 初対面でそんなこと言うとか、どんだけ飢えてんの!?」 そんな対応をされても、日下先輩は可愛いと繰り返す。 なんだろ……瀬戸先輩とは違う厄介さかも……。 そこに、苛立たし気な瀬戸先輩の声が低く響く。「うるっせーな、乳繰り合うなら他所行けよ。俺は凜ちゃんがいればそれでいいんだから。さっさとどけ、淫乱女」 その一言で空気が変わった。「せとっち……それは聞き捨てならないな。彼女がそんな子じゃないことくらい、お前も分かってんじゃねーの? 新堂さんを守ったのも見たし、そんな尻軽な子が、こんな反応する訳ないじゃない」 日下先輩の口調は穏やかだけど、まさに地の底を這うような重低音で瀬戸先輩に対峙する。 瀬戸先輩も、更に口調が荒くなっていく。「はっ、単にお前がそう思いたいだけだろ? この女は実際に凜ちゃんを『オウジサマ』としてしか見てなかったんだぞ? 他人に勝手な役割を与えて悦にいてるようなの、俺はごめんだね」 その言葉に、由香里ちゃんがぐっと呻く。確かに、それは的を射ている。だけどもう和解済みだし、初めての親友だ。反論しようとすると、それより先に日下先輩が前に出た。「だからさー、今この状況が見えてないの? 由香里ちゃんは新堂さんを庇ってるし、新堂さんも信頼してるでしょうが。やだねー、嫉妬に狂ったお子様は」 身長差があるふたりが睨み合い、場は混沌と化す。「凜ちゃんには俺がいればいいんだよ。他の雑魚なんざ知ったことか。雑魚同士、引っ込んでろっつーのが分かんねーかなぁ」 日下先輩とはかなりの体格差なのに、瀬戸先輩は一歩も引かない。(これ……どうしたら……) なんとか収め
日下先輩と由香里ちゃんが、必死に瀬戸先輩を制止してくれている後ろで、私は暗がりで体を丸めていた。 瀬戸先輩とはちゃんと向き合いたいけど、急展開過ぎて頭がついていけない。だって、お互いが知らない状態で出会って3日、それから幼稚園の頃を思い出した翌日にこの騒ぎなんだもの。 おまけにあの二面性。 混乱するなという方が無理。 由香里ちゃんがいてくれて、ほんとによかった。 そんなことを考えている間にも、背後では押し問答が続いている。「どけっつってんだろ。俺は凜ちゃんに用があるんだよ」 瀬戸先輩のよく通る声が、私の元にも届く。それだけで心臓が痛いくらいに鳴っていた。嫌でもさっきのキスが思い出されて、身体が熱くなってしまう。「ですから! 凜くんに少し時間を上げてくださいてば! 混乱してるんですよ、瀬戸先輩の行動が急すぎて、オーバーヒートしてるんです。今会っても、まともに話なんてできませんて!」 由香里ちゃんの必死な声に、日下先輩も続く。「そうだよ、お前もそれは分かってるんだろ? さっきの新堂さん、びっくりしてたじゃんか。お前、ちゃんと告白とか、付き合おうとか言ったの?」 その言葉に、瀬戸先輩の声が重なった。「当たり前だろ。思い出したことも伝えたし、凜ちゃんだって俺が好きだって言ったんだぞ。 言ってない! 確かにそういう雰囲気にはなったけども! 口にはしなかったものの、私の気持ちは筒抜けなのだろう。 瀬戸先輩のなかでは既に相思相愛になっているっぽい。 それが嫌じゃないから余計に質が悪いったら。 素直に言えれば、可愛いのかもしれない。でも今更過ぎて、どうすればいいかさえ分からなかった。 長年培ってきた『王子様』は、なんの役にも立たず、ただ友達の背中に隠れているだけなんて、正直情けないと思う。 思わず溜息が零れると、何やら背後の様子がおかしくなってきた。「お前、凜ちゃんの友達面してっけど、こないだ揉めてた奴だろ? でしゃばんじゃねーよ」
「噂?」 日下先輩は首を傾げて問いかける。由香里ちゃんは、そんな先輩を胡散臭げに見上げる。「知らない訳ないですよね? あんた達みたいな連中が好きそうなネタだもの。誰にでも股を広げる淫乱女の眞鍋由香里ですよ」 そんな言葉に、日下先輩はきょとんとした後、ポンと手を打った。「ああ~、聞いたことある。あれって君のことなんだ。でも……そうは見えないよ? 逆に貞操固そうに見えるんだけどな」 意外な反応に、私は思わず『おお』と声が漏れる。だけど由香里ちゃんは違うようだった。「はっ、自分は分かってますよ~って? そういう人の方が信用ならないっての」 ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。 私はヒヤヒヤしながら見ていたけど、日下先輩本人はにこやかに笑っていた。「うんうん、警戒心が強い所も唆るね。まじで惚れそうなんだけど」 でも由香里ちゃんは苛立ちながら口を尖らせる。「うっさいな……めんどくさ。ってか、それより話ってなに? 凜くんのことじゃないの?」 いつのまにかタメ口で対応している由香里ちゃんにも、日下先輩は気にした風でもなく思い出しように私に視線を向けた。「おっと、そうだった。新堂さん、昨日俺と会ったのは覚えてるかな?」 その問いかけに、私はこくりと頷く。「はい。瀬戸先輩と一緒にいた方ですよね。あと、他にも3人いたかと……」 私の勘違いで瀬戸先輩に絡んでいると思っていた、チャラそうな赤髪と、金髪、ピアスをジャラジャラと付けた小柄な男子。そして日下先輩。確かに本人が言うように他の3人を止めていた。さっきも、真っ先に瀬戸先輩を止めに入ってたし。 そういう部分では信頼できると、私は感じた。由香里ちゃんも、その点は評価しているみたいで何も言わない。私達の反応に、日下先輩も安心したように微笑む。「うん、そうだよ。他の3人は今日来てないみたいでね、俺があの場に居合わせてホントによかったよ」 日下先輩は眉を垂れながら、力なく笑う。「んでね、昨日あそこで話してたのが君のことだったん
「あの……トラウマって、なんなんですか……?」 おずおずと口を開くと、日下先輩は肩をすくめた。「それが、俺も教えてもらえなくてさ。でも記憶を消すくらいだから、相当なものだとは思うよ?」 由香里ちゃんも思案しながら頷いた。「それに、凜くんにも教えないってなると、もしかしたら凜くんに関わりがあることなのかもしれない」 思わぬ言葉に、私は息を呑んだ。「私が……先輩のトラウマ……?」 それは衝撃的で、だけどあり得ない話ではなかった。 幼稚園を卒園した後だし、何より私を忘れていたのだから。 日下先輩も首を傾げ、由香里ちゃんの言葉を反芻する。「ん……確かに。俺が聞いた時も、なんか辛そうっていうか……苦しそうだったんだよね。まぁ、トラウマってそういうものだとは思うけど、それだけじゃない感じはした」 そして由香里ちゃんに手を伸ばす。「君って頭の回転も速そうだね。いや、マジでいいわ」 その手を容赦なく叩き落し、腕を組んで日下先輩を睨み上げた。「触んなってんですよ。あんた誑しっしょ? ある意味、瀬戸先輩より質悪いわ」 日下先輩はそれすら楽しそうに笑う。「あ~それよく言われる。そんなつもりないんだけどな。俺、好きな子には愛情表現を惜しまないだけだよ?」 さらっと告白めいた言葉を口にする日下先輩に、私の方が赤面してしまった。 だけど、当の由香里ちゃんには響いていないように見える。「物は言いようですね。ただのナンパ野郎じゃないですか。お呼びじゃないんで、用が済んだらさっさとどっか行ってください。そのガタイじゃ目立つっての」 確かに、日下先輩は背が高くてよく目立つ。これじゃあ隠れている意味が……。 そう考えた時、日下先輩の背後にゆらりと影が現れる。「凜ちゃん、みーつけたー」 まるでかくれんぼの鬼のような言葉に、ぞくりと背中が粟立つ。日下先輩がゆっくりと振り向くと、にっこりと笑う瀬戸先輩が立っていた。
「よかった、先に見つけられた!」 荒い息を吐きながら、突然知らない男性が資材置き場に飛び込んできた。由香里ちゃんが私を庇うようにして前に出る。私はその行動に息を飲んだ。今まで庇うことはあっても、庇われることなんてなかったから。 由香里ちゃんの気遣いが嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。「……確か、日下先輩ですよね? 瀬戸先輩と仲がいい……凜くんに何か用ですか?」 由香里ちゃんは声を落として問いかける。それに男性、日下先輩は慌てて首を横に振った。「ち、違うって! 俺はどっちかって言うとストッパーなんだよ! さっきは俺のせとっちがごめんね。少し話を聞いてくれないかな?」 由香里ちゃんは警戒を解かずに、ちらりと私へ視線を向ける。瀬戸先輩の友達なら、なぜあんな行動に出たのか分かるかもしれない。きゅっと胸元で拳を握り、由香里ちゃんに小さく頷いた。 由香里ちゃんも頷いて、日下先輩に向き直る。「話って、なんですか?」 その言葉に日下先輩はほっとしたように、大きな肩から力を抜いてにこりと笑う。「えっと……君はさっき新堂さんを助けた子だよね? ひとりじゃなくてホントに良かったよ。俺が言うのも変だけど、ありがとね」 そう言って、ポンと頭を撫でる。それはあまりにも自然で、私が初めて見る生の頭ポンに少し興奮していると、由香里ちゃんは不快を隠そうともせず、その手を叩き落とした。「気安く触んねーでください」 一瞬。 その場に沈黙が落ちた。「え……由香里ちゃん……?」 こんな物言いの彼女は見たことがなくて、若干頬がひきつる。日下先輩もぽかんとして由香里ちゃんを見つめていた。 でも、次の瞬間にはぷっと吹き出し、ぐしゃぐしゃと由香里ちゃんの髪を撫で回す。「ちょ、やめ……!!」 無遠慮に撫でられ、綺麗にセットされていた髪はぐしゃぐしゃだ。「君、いいね。名前なんていうの? 彼氏はいないのかな? 俺立候補していい?」 いきなり口説き出した日下先輩に、由香里ちゃんの表情が剣
由香里ちゃんと笑い合っていると、遠くから先輩の声が聞こえた。 思わず両手で口を覆い、ふたりで息を殺す。「凜ちゃん! どこ!?」 その声はバタバタとした足音と共に近付き、そして遠ざかっていった。 ほっと息を吐くと、由香里ちゃんが肩を竦める。「ほんと、独占欲の塊だね……あの人」 その言葉に苦笑いしながら頷いた。「昔はあんなじゃなかったんだけどな……いや……そういえば……」 不意に、記憶が蘇る。 いつだったか、遠足の時に花畑を見つけたと言って、手を引かれていったことがあった。林の中にある開けた場所で、ふたりだけで花冠を作ってたんだ。 そしたら先生達が大騒ぎで探しにきて、ふたりで怒られたんだっけ。「あの時も、今思えば独占欲だったのかもしれない……他の子達も行きたいって言ったのに、頑なにうんって言わなくて。結局ふたりだけで遊んでた」 懐かしくもあるけど、今同じ状況に置かれると少し怖い。それが嫌ではなくて……余計に怖くなる。もし捕まってしまったら、私はどうなるんだろうか。 膝に顔を埋めて、想像してみると顔が熱くなる。 由香里ちゃんはそんな私の頬をつつく。顔を上げると、ニヤニヤと笑っていた。「凜くんってばやらし~」 その言葉にさらに熱くなってしまった。「そ、そういうんじゃなくて……!」 だけど私達はもう高校生で、ありえなくもない。それにさっきの先輩を思い出せば、嫌でも考えてしまうのは、仕方がないことなのかも。「……先輩……そういうの、したいのかな……」 頬を染めながら呟くと、由香里ちゃんはさも当然といった顔で頷いた。「当たり前じゃん。思春期真っ盛りの健全な高校生男子だよ? しかも初恋の女の子見つけて、すぐそばにいるんだもん。それにあの瀬戸先輩だし? さっきの騒ぎがいい証拠でしょ」 私はその言葉に力なく笑う。「そう……なんだ……由香里ちゃんは好きな人とかいないの?」 私の話ばかりで気恥ずかしくなり







